私は「だあれ?」

■どれが本当の自分なのか・・・

「どっちが本当の自分なのか?それがわかりません。」

若い人や女性に多いのですが、よく、「自分がわからない」と口にされる方がいらっしゃいます。

たとえば、今回の震災で被災された方々の映像を見ると、誰もが「助けてあげたい」という気持ちになります。また、「ボランティアに行こうかな」と思ったりします。

その一方で、「でも、仕事があるし・・・」とか「そんな交通費を使うなら、そのお金で映画でも見たほうが・・・」など、いろいろな思いが頭に浮かんだりもします。

こんなとき、「ボランティアに行こう」といった気持ちを「良い心」、そして、「仕事が」とか「そんな交通費」といった思いを「悪い気持ち」と言い換えることができます。

そのため、心が葛藤してしまい悩むことになる・・・。

「こんなことを考えてしまうなんて、私はなんてひどい人間なんだ・・・」

そう、自分を責めてしまったりします。

そして、どっちが本当の自分なのか考え、さらに悩みが深くなります。


■自分探しの旅にでる?

少し前に「自分探し」という言葉が流行ったことがあります。「本当の自分」を見つけるため、「自分探し」を通じて自己理解を深めようと考えた人も少なくないでしょう。

そして、「本当の自分」を見つけた人もいらっしゃるのかもしれません。

その一方で、なかなか「本当の自分」は見つからず、今も探し続けている人もいると思います。

また、一度見つけたと思った「本当の自分」に違和感を覚え、新たな自分探しをはじめている人。

いつまでたっても「本当の自分」がわからず、不安や苛立ちを感じている人もいるでしょう。むしろ、そういった人の方が多いと思います。

それはなぜでしょう。「本当の自分」とは一体何なのでしょうか。

私の結論は、それは「すべて」です。

「ボランティアに行こう」「仕事が」「そんな交通費」と、いろいろな思いが浮かびますが、それらすべてが「本当の自分」です。

私たちの心には「天使」もいますが「悪魔」もいます。でも、そんなことは問題ではありません。

要は、「仕事が」とか「そんな交通費を」と、それを「悪いこと」とか「悪魔」とレッテルを貼ることがマチガイだと私は思います。


■人はいつでもエモーショナル

実は、私たちの決断や判断には、必ず感情が関わっています。

たとえば、ほとんどすべての人にとって家の購入は一生で一番の出費でしょう。
ですから、とても冷静な判断が求められます。

しかし、脳の回路を考えると、家の購入という高額消費に対しても、それがとても「エモーショナル(感情的)」に判断されていることがわかります。

というのも、私たちが何かを考え決断をするとき、その情報には必ず感情の付箋が貼られます。そのため、感情に浮き沈みがあるとその影響を強く受けることになります。

たとえば、不安や恐怖を感じている人がレストランでなにを食べようか考えると、いつまでもメニュー決めることができなかったりします。異常にメニューを決めるのに時間がかかるのは、情緒が不安定だからです。

家を買うときも同じです。程度の差はありますが、冷静なつもりでも必ず感情の影響を受け、決断をしています。

だからこそですが、少々の予算オーバーがあったり、気が大きくなってテレビや冷蔵庫まで一気に買い換えてしまうといった行動をしてしまうわけです。


■ということで、脳は勝手に・・・

ここまでのことでわかるように、私たちの考えは勝手に生まれています。

そしてその考えとは、私たちが過去に仕入れた知識や経験をもとに生まれる「化学反応」の結果にすぎません。

つまり、生まれてきた気持ちや考えは〝偶然〟の産物にすぎないわけです。

また、「悪い気持ち」はあなたの性格が原因でもありません。

たとえば、イヤな人がいたとしましょう。そんなとき、「こいつ死んでくれた方がいい!」なんて思いが浮かび「私はなんて悪いことを考えてしまうのだろう・・・」とか、「性格が悪い…」と自己嫌悪に陥ったりする人がいます。

でも、これは性格の問題ではありません。単なる脳の反応ですから、行動に移さなければまったく気にする必要はありません。

というのも、私たちはテレビや小説など、さまざまなメディアから「人を殺す」という情報を聞いています。

それが三角関係のもつれとか、怨恨によるとか、衝動的など、いろいろな原因で起きていることも知っています。

そういった知っていることが偶然に頭の中で甦り、さまざまな気持ちや考えとして頭に浮かぶことになります。

なにかの拍子に物を落とし、それを拾ったときに頭をテーブルにぶつけた。

そんな経験は誰にでもあると思います。

そんなとき、あなたはテーブルに怒ったり八つ当たりをしたりするでしょうか?

少なくとも、それを引きずる人はいないでしょう。

「悪い気持ち」が頭に浮かぶのは、ハッキリ言ってそれと同じレベルのことにすぎません。

なのに、それを自分の性格などの問題と考えてしまう。それはとても不幸なことです。


■あなたのすべてを許せるのは・・・

あなたがどんなに良いことをしたとしても、それを批判する人は必ずいます。

たとえば、今回の震災で多くのスポーツ関係者や芸能人がボランティアや寄付をしていました。

そういった行為を人は賞賛する一方で、芸能人のブログには「オマエも寄付くらい・・・」といった書き込みが絶えないそうです。

また、誰がいくらの寄付という記事がでると、それを基準にあれやこれやと文句を言う人もいます。

そういった有名人の中には、メディアなど、表に出ないでチャリティーを繰り返している人は少なくありません。

しかし、そういったことを知らず、彼らを批判する人は必ずいます。
それは、あなたも例外ではありません。

あなたがどんなに良いことをしたとしても、スポットライトの位置をずらして判断する人は必ずいます。

ヘンな励ましかもしれませんが、あなたを批判するのは、別にあなたがしなくても他人が必ずしてくれます。

ですから、わざわざあなたが〝あなた自身〟で自分を批判しなくてもいいのです。

逆に、あなたを全面的に受け入れ、許すことができるのは「あなただけ」なのですから。


■「本当の自分」と「唯一の自分」

「本当の自分」は「唯一の自分」ではありません。これはとても重要です。

神経学者のディヴィッド・イーグルマンは、人の脳を複数の政党が同じ議題について異なる意見を戦わせる議会制民主主義になぞらえています。

「脳は、議論を戦わせる異なる選択肢を競い合う、分野の重なり合った複数の専門家からできている。」

あなたの行動という、たったひとつしかない出力チャネルの支配権を争っているわけです。

また、自分は常に変化しています。毎日少しずつですが、どんどん変化して新たなる自分になっている。

ということで、最後にブッダのお話をご紹介しましょう。

約2600年前、ブッダも「自分探し」にチャレンジしています。

ブッダは裕福な環境で生まれ育ちますが、物理的な豊かさからは心の満足も、そして安心も得ることができず、修行の旅に出ます。

そんな厳しい修行の末に悟りを開き、気づいたことにひとつは「『本当の自分」などない」ということだったそうです。

「固定的で一貫した自分」などいるわけがありません。私たちはさまざまなことを経験し、知識を得ることで常に変化しています。

このことから、「自分探し」とは、そもそも存在しないものを探し求めている状態だとわかります。

「私はだぁれ・・・?」

そんな疑問は、私たちが「何者かでなくてはならない」という思いに囚われているから起きるのではないでしょうか。

そんな「自分探し」をしている人に私から言えるのは、

「そんなこと考えているヒマがあるのなら、勉強しろ。仕事をしろ。」

そんな捨て台詞のようなアドバイスだけのようです。(すいません 笑)